※人魚姫パロディです※


きらきらと輝く光に吸い寄せられるかの様に、宍戸は水面へ上がった。そうして、黒い闇夜に浮かぶ一艘の船を発見する。賑やかな音楽に、人間のざわめき、高まる好奇心を抑えきれずに、そうっと船の近くへたどり着く。ジョッキに注がれた酒をがばがば飲み、赤い顔をしながら大きな声で笑う水夫たち。滅多に見ることの出来ない人間の姿に、彼は胸が高鳴るのを感じた。
そんな、賑やかで酒臭い男たちの中に一人場違いともいえる人間がいた。整った容姿に、すらりとした体型、月明かりに照らされた髪はきらきら光り、物憂い気に溜め息を吐く青年の姿に、宍戸は自然と目を惹かれる。
見つからない様に、見つからない様に、とそうっと彼に近付いてゆく。遠くを見つめながら、一体何を考えているのか、宍戸はとても気になった。



不意に、視線が絡まる。
向こうの方を向いていた筈である彼が、前ぶれもなく顔を下へ向けたのだ。事態を把握するのに、数秒の時を要す。

「え」

ぽかん、と口を開いて、彼は目を丸くした。しかし、はっと我に帰るや否や、早く船へ!と近くにあるロープへ手を伸ばし、海へと投げ入れる。宍戸にロープを握る様に促し、それ確認すると、誰かを呼んでこなければと慌てて背を向けた。

「ま、待ってくれ!大丈夫だ!そっちにいくな!」

できる限り声を抑えながら、しかし彼に届く様に、宍戸は必死に呼び掛けた。青年はその声に気づき、振り返るものの、怪訝そうな表情を浮かべただけで、直ぐに助けますから、と言い残し、ばたばたと船の奥へと消え去った。残された宍戸は、彼が戻ってくる前に隠れなければ、と慌てて水面下へ潜る。しばらくすると、上の方から人の声が聞こえてきた。先程の青年と、誰か年配の男の声である。青年は、必死に人間がいたことを主張しているが、老人は軽く笑い、酒の飲み過ぎで幻想でも観たのであろう、とあしらった。それでも諦めきれずに、青年は暫く老人に説明をしたのだが、一向に受け入れられる事はなく、宍戸はだんだん青年の声が険しくなっていくのを聞いていた。

「だから、確かに…!」
「ここが何処だか、わかっておいでですか?岸から何キロと離れた海です、そんな所に人間が、いる筈がないでしょう。もしいたとしても、今頃海の藻屑と化していましょう。この時期の海に落ちて、助かる見込みなどありませんから」

老人はそう締めくくると、ギシリギシリと遠ざかっていった。

「そんな筈ない、確かに俺は、見たんだ」

老人の背中に向かって、青年は呟いた。自分の見たものが嘘ではなく真であることを確認するように、ぎゅう、と拳を握りしめる。
その後も、青年は暫く船の縁に残り、黒い海面を見つめていた。あれやこれやと推測をたて、ぐるぐるぐるぐると辺りを歩きまわる。そんな彼の様子に宍戸は、いい加減あきらめたらどうなんだろう、と足音を聞きながらぼんやり思う。しかし青年は、一向に諦める気配を見せず、様々な可能性を口にしていく。

「もしかしたら、溺れて沈んでるのかも」

これには宍戸は驚き、焦った。一度考えだした青年は制御がきかず、その口からは最悪の予想ばかりが紡ぎ出される。

「よし、一度潜って確かめてみよう」
「ままま待て!危ねぇからやめろ!」

気がつけば、体が勝手に飛び出していた。ぴたり、と二人の視線が絡まり、青年はふわりと笑みを浮かべた。

「やっぱり、幻じゃなかった」

宍戸の姿をみて、そう洩らすや否や、瞬時に顔を青くして、彼は再びロープを投げ入れる。

「さ、はやく!死んでしまいますよ!」

慌てて叫ぶ青年を後目に、宍戸は動こうとはしなかった。ちらりと奥へ目をやり、甲板の様子を確認する。酒に酔った水夫たちは、こちらの騒ぎに気付いていないらしい。

「何をして」
「なあ、人魚って、知ってるか」

青年の言葉を遮る様に、宍戸は尋ねた。

(冬の海での未知の遭遇)
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