家に帰ると、門の前で鳳長太郎が俺を待っていた。ストーカーか。

「おかえりなさい」

相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら、馴れ馴れしく手を振りながらこちらへやってくる。

「いつぞやの約束を果たそうかと思いまして。帰りを待たせてもらいました。意外に早かったですね」

ニコニコと笑いながら鳳は話すが、俺は一度たりともこいつを家によんだこともなければ、場所を教えたこともない。警戒する様に人睨みすれば、眉間に皺が寄ってますよ、と額を指で押された。うざい。

「少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか。案内したいところがあるんですよ」
「跡部絡みで?」
「跡部さん絡みで」

鳳の笑みは、相変わらず気持ち悪い。


(中略)


「ここまでお連れして言うのも何ですが」

ゆっくりと横断歩道を渡りつつ、鳳は前を見たまま、

「今ならまだ引き返せますよ」
「今更だな」

鳳が苦笑するのが聞こえた。すぐ横を歩く鳳の手が俺の手を握った。冷たい。何の真似だとギロリと鳳を睨みつける。

「すみませんが、しばし目を閉じていていただけませんか。すぐすみます。ほんの数秒で」

申し訳なさそうな表情をしながらも鳳は前を見据えている。視界に入る青信号が点滅を始める。いいだろう。俺は素直に目をつむった。大量の靴音、車のエンジン音、一時も途絶えることのない人声、喧噪。鳳に手を引かれて、一歩、二歩、三歩、ストップ。ざわめきが、消えた。視界はまだ暗闇のままだ。ぞくり、と背筋を悪寒が走る。鳳は、まだ、何も喋らない。

「鳳」

縋る様に名を呼ぶが、その続きを声に出すことは出来なかった。生暖かく柔らかいものが唇を塞いだからだ。人の気配を、近くに感じる。何だ何だ何だ何だ。目を開けて確かめたいが、怖い気もする。ぐるぐるぐるぐる脳みそが回転し、血管中の血液がカっと熱を帯びる。鳳の手が、俺の手を強く握った。かさり、と唇を塞ぐそれが動いたかと思えば、ぬるりとしたものが侵入する。途端に予感は確信へ変わる。逃げようと顔を動かせば片手で固定される。苦しい、声が漏れる。頭の奥が真赤に染まり、ぞくぞくと体が震える。生々しい音が辺りに響く。膝が震え、ぐらりと体が傾けば、そっと体が支えられる。
ふっ、とそれが離れた。冷たい外気が唇を撫ぜ、体温が下がる。

「もうけっこうです」

鳳の言葉に目を開ける。にっこりと微笑む鳳が視界いっぱいに広がり、俺は思わず睨みつけた。

「てめぇ」
「だって、目をつむった宍戸さん、してほしそうな顔をしていたんですもん」

しれっ、と言い放つ鳳に殺意を覚える。目をつむれと指示をしたのはお前だろうが、そう言い返そうとして、違和感に気づいた。世界が灰色に染まっていた。先程までの喧噪はどこへいったのか、横断歩道を埋め尽くすまでの人の群れは、存在の名残もなく消えうせていた。地球の自転すら止まったのではないかと思うまでの静寂。きょろきょろと辺りを見回していると、鳳がくすくすと笑った。

「二人っきり、ですね」
「お前、これは一体」
「次元断層の隙間、我々の世界とは隔絶された、閉鎖空間です」

鳳の声が、静まりかえった大気の中でやけによく響いた。

「ちょうどこの横断歩道の真ん中が、この閉鎖空間の≪壁≫でしてね。半径はおよそ五キロメートル。通常、物理的な手段では出入りできません。僕の持つ力の一つが、この空間に侵入することですよ」

さっぱり、わからない。

(ここが書きたかったw)
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