白馬に乗った王子様は長い眠りについた姫を起こす為に、あまいあまい接吻を施す。柔らかく真っ白な雪の様な姫の頬を優しく撫ぜれば、ぱちり、と長い睫毛が上を向き、くりりとした綺麗な瞳が表を現す。王子が姫に愛の言葉を囁けば、姫は笑みを溢しそれに応える。なんてことのない、ごくごくありふれたおとぎ話のワンシーンだ。魔女に呪いをかけられた、か弱く綺麗なお姫様は、勇敢な王子様によって助けられる。これは決しておとぎ話の世界だけではなく、現実世界にもあてはめられるであろう。やはりか弱く綺麗な女の子の傍には、強くて格好良い男の子が存在するからだ。だからこの世の女達は、白馬に乗って現れる王子様を夢見るのだろうか。

「さっきの鳳くん、ちょーかっこよかったよね!」
「やばかった〜私、年下属性無い筈なのに、思わずドキっとしちゃったもん」
「なにー、その属性って」

鳳長太郎が、文化祭の劇の練習中にセットから落下しそうになった女子生徒を助けたらしい。
らしい、というのはそれが二年が体育館を使用した舞台練習中に発生した事件であり、自分はその現場を目撃していないからである。しかし何故、他学年である俺がその事件を把握しているかといえば、それは俺が鳳長太郎と同じ部活に所属し、尚且つダブルスのパートナーも務めているからである。これは、ダブルスを組んでいるから言葉を交わさなくとも意思疎通が可能だとかそういう意味ではなく、話を耳にした同級生たちが『宍戸、おーとりくんが女の子助けたってきいたんだけど、これってマジ?』と何故か俺に話の真偽を確かめに来たからである。何故同級生たちが一つ下の学年の事情を把握しているかといえば、それはきっと、鳳長太郎が万人受けする整った顔つきと恵まれた体系の持ち主であるからであろう。しかし、それだけなら一部の女子生徒の間で騒がれるだけで、ここまで広がることもなかったかもしれない、そんなことを考えながら、俺は昼食のチーズサンドを咀嚼した。

「姫だっこで保健室まで走ってくとか、おーとりマジすげーし」
「そ、そんなことないっすよ。それに、あの時は必死だったんで」

セットが崩壊した体育館は、一時騒然としたらしい。そんな中、鳳長太郎は被害にあった女子生徒を抱え上げ、野次馬をかき分け保健室まで走ったらしい。混乱の最中にある体育館の様子を見ようと他学年の生徒も大勢いたらしく、そんな訳で次の休み時間までに鳳長太郎の勇敢な姿は全校生徒に知れ渡ることとなったのである。

「うちのクラスの女子なんて、鳳のこと王子とかいってたんだぜ!クソクソ!鳳のくせに!」
「そんな、王子だなんて言われても…」
「あながち間違ってねーんじゃねーの?みんなに優しいおーとりくんはみんなのアイドルだもんなー?」
「ジロー先輩!」

宍戸さん助けて下さいよ、と子犬のような目で長太郎がこちらに視線を向けている。一方のジローと岳人はニヤニヤと口元の笑みを隠そうともせずに、後輩の勇姿について語っている。まるで新しい玩具を見つけた子どもだ。俺は一度足元に視線を落とし、食べている最中だったトマトサンドを脇に置き、再び三人へ視線を定めた。

「お前ら、後輩いじめはいいけどよ、昼飯はどーすんだ。カフェテリアに行くつもりなら早くいかねーと食べる時間なくなんぞ」

そう告げると、二人はハッと表情を変え、慌ただしく中庭を後にした。どうやら、本当に昼食のことを忘れていたらしい。二人の背中が見えなくなるのを確認すると、喉から思わず溜息が漏れた。


(つづく)
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