ふつふつと身体の奥から湧き上がるものがある。それは、燃え盛る炎の様に熱く、凛と冷えた氷の様に冷たい。ぐらぐら理性を揺らし、脳内に警鐘を鳴らす。いつ爆発してもおかしくないそれ、その感情、欲望に、いつか飲み込まれてしまうのではないかと思う。糸の様に細く、不安定な俺の心は、危険極まりない。

「おい」

聞き慣れた低音が、聞こえてきた為振り返れば、同じ部活に所属している同級生がひどく不機嫌そうな表情を浮かべながら、こちらを睨みつけていた。彼の機嫌が悪いのはよくある事で、決して珍しい事ではない。しかし、何故、今にも怒鳴りだしそうな様子の彼に、睨まれなければならないのか。長太郎は理解が出来なかった。しかし、困惑する長太郎を他所に、彼は言葉を紡ぐ。

「いい加減にしろよ」
「え?」

一体何を怒られているのかわからず、長太郎は思わず問い返した。その様子が気に入らなかったのか、彼はぎりぎりと唇を噛み、舌打ちをする。そうして、ぼんやりとこちらを見つめる長太郎の胸倉を掴み、睨みを利かす。

「ぐだぐだぐだぐだ、しつこいんだよ」
「え、あ、」
「宍戸先輩だろ」

どくり、と血が血管を流れる音がした。頭の中に鳴り響く警鐘はがんがん煩く、耳鳴りがする。喉の奥に詰まる空気が苦しく、息が出来ない。あの人の名前を聞いただけでこんなにも苦しくなるなんて、重症だ。くらくらと揺れる世界に眩暈を覚える。

「ひよ、し」
「何を悩んでんのか知らねぇが、そんな顔でコートに立つな。目障りだ」
「・・・ごめん」

くたり、と首を傾げる様子を見て、彼は大きな溜息を一つ吐き、ひらりと長太郎に背をむけた。ふわりと流れる風に乗り、ボールの跳ねる音が聞こえてくる。彼の髪も、さらさらと風に靡く。少しづつ遠ざかる彼の背中を見つめながら、長太郎は音を零した。

「日吉」
「何だ」
「俺さ、宍戸さんが好きだよ」

不意に、彼の動きが止まった。驚いているのか、呆れているのか、こちらに背を向けている為、その表情を伺う事は出来ない。ただ、二人の間を包む静かな、張り詰めた空気が、とても心地良く感じた。ふわふわとその空気に浸っていると、彼が言葉を発した。決してこちらを振り返らず、ただ一言、そうか、と呟き、その場を去る。そうして何時しか、彼の姿も見えなくなった。

宍戸さんに彼女が出来て、二週間が過ぎた日の、放課後のことである。


(季節は秋、落ち葉が舞うイメージ)
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