「宍戸さん」

聞き慣れた声がしたかと思えば、同時に背中に重みが圧し掛かる。生暖かい息が耳元を掠め、柔らかい髪が首筋を撫ぜる。

「宍戸さん」
「長太郎、重い。退け」

胸元にまわされた長太郎の手を、ペチペチと叩きながら抗議の声をあげるが、効果はなく、今より強く抱きしめられた。自分を呼ぶ頼りない声と、必死にしがみついてくるその腕は、まるで子どもの様だ、と宍戸は溜息を吐いた。外観だけ成長して、中身はまだまだ追いついていない、このアンバランス加減が彼の魅力でもある、と話していたのは一体誰だっただろうか。宍戸から言わせてみれば、迷惑極まりない話である。長太郎の、子どもの様に強い独占欲と我が儘にいつも振り回されているのは、紛れも無い彼、宍戸だ。確かに、周囲に気を使える優しい一面もあるのだが、宍戸が絡むとそれは通用しないのだから性質が悪い。何度、友人との関係を疑われたことだろう。宍戸から云わせてみれば、同性の友達との間に恋愛もなにもあったものではないと思うのだが、彼はそう感じないらしい。テニス部の非レギュラーであろう奴が、こちらを睨みつけてくる姿を見て、あの人、明らかに宍戸さんを好いてますよ、気をつけて下さい。などと、見当外れな忠告をしてくるのだから溜まったものではない。けれども、そんな彼に惹かれており、強く拒絶する事が出来ない自分が、一番の問題であることを宍戸は知っていた。

「ねぇ、宍戸さん」
「ったく、何だよ。長太郎」

さわさわと長太郎の柔らかい髪を撫でながら問いかける。少し色素の薄い長太郎の髪のさわり心地は、見た目通り柔らかく、細い髪が、宍戸の指に絡みつく。

「好きです、大好きです。宍戸さんのことが、好きなんです」

ぎゅう、と宍戸を抱きしめる彼の声は、どこか楽しげで、そんな彼に呆れつつも、宍戸は口元に笑みを浮かべる。

「あ?何言ってんだ?今更だろうが」
「でも、言いたくなったんです。俺、今すっごい宍戸さんが好きだから」

柔らかい声音で紡がれる愛の言葉に、どきりと胸が高鳴る自分は重症だ、とくらりと眩暈がする。長太郎が、好きだ。年上であると云うプライドが邪魔して、中々甘えることは出来ないが、長太郎が好きで好きでたまらない。
しかし、宍戸がそんな事を考えているとは露とも知らぬ長太郎は楽しそうにくすくす笑う。そんな後輩を横目で確認しながら、宍戸は、わざとらしく溜息を吐いた。

「しょーもねぇ事言ってねぇで、早くどけよ」
「えー、宍戸さんは、言ってくれないんですか?」
「あ?」
「宍戸さんが好き、って言ってくれるまで放しません」

まるで駄々をこねる子どもの様だ、と宍戸は呆れる。けれども、そんな彼の姿を、仕方が無い、可愛らしい奴だ、そして、とても愛おしい、と思ってしまう自分がいる。そんな自分の感情に、胸の奥が痒くなるが、それを長太郎に悟られない様、ひとつ、息を吐いた。長太郎の腕の中で、くるりと身体を回転させて、じっと向かい合う。そうして彼の瞳を見据えながら口を開いた。

「愛してるぜ」

思わず零れた笑みと共に、愛の言葉を囁けば、顔を真っ赤に染まらせた長太郎が、更に強く抱きしめてきた。


(要はただのバカップル!)
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