ジロー先輩は、恐い。
どこそれかまわず寝る無邪気なキャラクターを演じているが、彼のお腹の中は真っ黒だということを知っている。否、語弊があるかもしれない。ジロー先輩は、良くも悪くも純粋なのだ。眠たいから寝る、嬉しいから笑う、イライラするから怒りをぶつける。自分の気持ちに素直に動き、周囲の人間を様々な騒動に巻き込むのだ。そんな先輩の行動は、あたかも計算しつくされたかの様な結果をももたらす。しかしそれ程までにジロー先輩の想いは強いのだ。

「ねぇ、鳳」

ソファに腰掛けているジロー先輩が笑いながら話しかけてきた。部室には俺と先輩以外、誰もいない。静かな部屋の中に、先輩の声がよく響く。

「なんですか?ジロー先輩」
「宍戸はさ、俺の大事なともだちなんだ」

だから。そう続く先輩の声は新たな訪問者によって遮られた。青いキャップを頭に被った彼は、俺と先輩の姿を捉えると、何だ二人だけかよ、と言いずかずかと部室に足を入れる。ロッカーの前に荷物を置くと、俺に視線を向け、口を開く。

「宍戸」
「あん?何だよジロー」

宍戸さんが声を発する前、にジロー先輩が宍戸さんに話しかける。俺も宍戸さんに従う様に視線を向ければにっこりと笑った先輩が目に入る。他愛もない話を持ちかける先輩に、宍戸さんも小さな笑みを零す。なんでもない日常のやりとりであるにも関わらず、俺の心臓は不気味にはねた。胸の奥に鉛の塊が落ちてくるのを感じる。何故だかわからない、ただ、怖いと感じた。
そんな杞憂を跳ね飛ばそうと、先輩たちのやり取りを眺めていると、ふと、ジロー先輩と視線が交わった。色のない瞳と、読めない表情が、俺を捉える。ほんの一瞬、もしかしたら気のせいだったかもしれない、ジロー先輩はまるで悪魔の様な、とても美しい表情を浮かべたのだ。気がついたときには先輩は宍戸さんと向かい合っていた為、視線が交わったこと自体がもしかしたら俺の勘違いだったかもしれない。けれども、ジロー先輩のあの表情が俺の脳裏から離れることはなかった。

(ジローは独占欲が強いと良いな。友情的な意味で)
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