今日は朝から雨が降っていた。お陰で体育の授業は運動場でするサッカーから、教室での保健の勉強に変更され、日吉は機嫌が悪かった。又、今日の放課後に、隣のクラスの友人と一緒にテニススクールに行く約束があったのだが、この雨では練習が出来ない。早く中等部の先輩を倒せる様に強くならなければいけないのに、と日吉はひどく落胆した。しかし、そんな日吉の気持ちを、神は理解をしてくれたのか否か、午後になるにつれ雨足は弱まり、放課後にはすっかり雨は上がっていた。テニスコートでの本格的な打ち合いは出来ないだろうが、外でボールを打ち合う位は出来るだろう、と日吉は隣のクラスを訪れる。しかし、教室に彼の姿はなく、クラスメート曰く、随分前に教室を出たらしい。鞄は机の横にかかっている為、家に帰った訳ではない筈だ、そう考えた日吉は教室を後にし、校舎内を探し歩いた。彼が良く訪れる場所、音楽室、図書室、ウサギの飼育小屋、と虱潰しに見て廻る。しかし、どこにも彼の姿はなく、仕方がないので諦めて教室に戻ろうとした時だった。校庭の隅に置かれているベンチに、うずくまる銀色を見つけたのだ。どくり、と背中に汗が伝うのを感じる。一体どうしたんだ、と日吉は走ってベンチの方へ向かい、長太郎に声をかける。

「どうしたんだ、鳳」
「あ、日吉くん、どうしたの?」

声に反応して上体を起こし、長太郎は振り返った。いつもと同じ笑みに、きょとん、と首を傾げる長太郎。その姿に日吉はムッ、と顔を曇らせ、再び問いかけを口にする。

「何をしているのか聞いている」
「あ、うんとね、絵を書いてるんだ」

よく見れば長太郎の膝にはスケッチブックが置かれており、ベンチには彼が愛用している色鉛筆が置かれている。日吉はほっと肩の力が抜けるのを感じた。しかし、そんな日吉の状態に気づくでもない長太郎は、ふわりと彼に話し掛ける。ほら見て、空があんなに綺麗だよ、キラキラした瞳でこちらを見つめる長太郎に促されるまま、日吉は空を見上げる。視界を埋める透き通った青と、汚れのない白が見事なコントラストを描いており、日吉は自然と心が落ち着くのを感じた。

「綺麗、だな」
「でしょ、でしょ!すごいよね」

同感して貰えた事が嬉しく、長太郎はいつも以上にふわふわはしゃぐ。それを見る日吉の口元は無意識の内に綻んでいた。雨上がりの、からりとした冷たい空気が、脇を通り抜ける。
しかし、ふ、と長太郎を探していた当初の目的を思い出し、日吉は口を開く。

「鳳」
「どうしたの、日吉くん」

用件を伝えようと、ちらりと長太郎に視線を向ければ、書きかけのスケッチブックが視界に映る。細やかに描かれたそれからは、図工の成績の良さが伺える。鮮やかな青で描かれたそれはとてもクリアで、不覚にも、日吉の心を掴み、捉えた。

「その絵、完成させなくて良いのかよ」
「え、あ、忘れてた!日吉くんと一緒に、思わず空を見ちゃってたよ」

えへへ、と笑う長太郎に、日吉は呆れた表情を浮かべ、溜め息を吐く。そうして、先程まで長太郎が使用していた色鉛筆を脇に避け、長太郎の隣にすとんと腰掛ける。

「綺麗な空だよねぇ」
「いいからさっさと描けよ、日が暮れちまう」



(幼稚舎長太郎は天使…!)
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